今回の件で片山さつき議員を批判している著名人たちはその矛先がまじめに働いている納税者たちにも向けられているということを自覚しているのだろうか?
生活保護の不正受給は「認識が甘かった」という類いの謝罪で済むような犯罪ではない。そして被害者は納税者たちなのだ。ただでさえ増税、増税、また増税と納税者は本当に苦労しているし必死で働いている。そのお金をなるべく多くかすめ取ろうとしていることが生活保護の不正受給ということだ。「認識」がどうのといった話に持って行こうとしている事態が図々しいことなのだ。泥棒が「泥棒は悪いことなどとは知らなかった“認識が甘かった”」と言えば無罪放免なのだろうか?そんなわけがないのだから、こういう「不正」や「詐欺」の類いの犯罪に対しては社会に広く声を届けることができる著名人たちこそが毅然とした態度でノー!と言うべきだ。
それと著名人たちがまったく触れたところを見たことがない点について一言。
今、別に売れっ子芸能人やコメンテイターを職業としていない一般人の人たちも過去や現在進行形で「夢を追いかけたいが生活のために諦めた(諦めている)」というケースはそれこそゴマンとあることだろう。食っていくためには仕方がないというやつだ。ミジンコは自分もそうだということもあるけれど、夢だけでは生きていけないという考え方は格好悪いとは思わない。やはり生きて行くためにはお金が必要であるし、夢を追い続けているが故に働けるのに生活保護受給者になるなんてことはとんでもないことだと思う。それはいくらなんでも他者(納税者)に甘え過ぎというものだ。なにしろその生活保護受給者たちを支えている側の納税者たちは夢を諦めたり、仕事のために本当にやりたいことは中断している場合は山ほどあるのだろうから。
一見「夢を諦めるな」は素晴らしい表現のようだが、働ける身でありながら生活保護で支えられてまで夢にしがみつくことは身勝手なことだ。そこは「夢は諦めろ」であるべきだ。
河本準一は芸人として生きて行きたいという選択をしたから母親の面倒が見られなくなった。それだけでもほとんどの納税者は選んでいない選択肢だ。はっきり言えば「ふざけんな!」ってな選択だ。皆さん、芸人目指すという理由の息子の母親の生活費を笑って負担できるだろうか?実際に14,5年も我々が負担していたのだ。これを「認識が甘かった」や「謝罪会見でしょんぼりしている」や「最近元気がない」で許せと河本準一擁護の著名人たちは言ってるようなものだ。いったいこの問題の真の犠牲者は誰だろうか?朝辛くても出勤し、カラダがきしむのを感じながらも労働をし、買いたいものがあっても我慢し、慎ましく自分で稼いだお金で生きている上で納税している皆さんが命を削った分だけ「やりたいこと・好きなこと」、河本準一の場合は「芸人として生きていくこと」を選択できたのだ。皆さんという納税者ががいなかったら河本準一の母親の面倒は誰が見たのだろうか?恐らく母親が餓死しそうになっていたら河本準一だって芸人の道はいったん中止してアルバイトでもしたはずだ。もしかしたらほとんどの納税者と同じように夢は諦めて正社員として就職したかもしれない。
その大前提をすっ飛ばして河本準一擁護をしている著名人たちは納税者たちの人生の決断を馬鹿にしている。夢を追うことを我慢した人々の上に乗っかって自分が夢を追う人生なんて決して誉められたものじゃない。
ミジンコは描いた夢のとおりに人生を歩んでおらずとも自分や家族の生活を自分で支えている人間の方が、夢だなんだと偉そうに語る割には生活保護制度に頼っている人間よりも100万倍カッコいいと思う。河本準一は今になってカッコ悪くなったわけではなくて、母親の生活保護受給が決定したその時、自分の夢を優先させて「母親を助けない」と決断した時点で相当にカッコ悪い男になったのだ。
河本準一を擁護している著名人たちは日本の事よりも目先の自分の利権だと素直に言うべきだ。妙な擁護発言を繰り返したところで論理が破綻していて馬鹿丸出しだ。みっともないったら無い。
河本準一についてどう語るかでまさしくリトマス試験紙と化している。自分と自分の周囲の人間だけお金を手に入れれば日本が沈んでもOKだと考えている最低最悪なバカヤロウたちは今後も河本準一についての明後日の方向な擁護をすればいい。ただし日本丸という船が沈んだから船を汚しまくった挙句に船底に穴を開けたゴキブリたちも船と一緒に沈むということは覚悟しておくべきだ。馬鹿だから分からないのかもしれないが。
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