もうご存知ない方の方が少ないかもしれない乙武さんと飲食店との揉め事について。ツイートなどで狂ったように飲食店を叩く人々がいるかと思えば、乙武さんの本性のようなものを見てしまってショックを受ける人々、また今回の件では乙武さんの方にこそ非があるといった意見も多数。長年に渡って飲食店を無償どころかこちらの持ち出しで支援しては経営難の状態から株式会社化(複数出店化)まで持っていくなんてことをやっているミジンコとしては今回の件については「誰が悪い」といった観点を考える以前に先ずは恐怖した。いつ何時、乙武さんとその飲食店とのトラブルのようなことが自分が支援している店の数々で起きないとも限らないからだ。今回の乙武さんの怒りツイートを見れば分かるように、いったい店はどこまでやれば良いのか、どう対応すれば良かったのか、結局はそんなことはお客様の主観で大きく左右されるということなのだ。すべてを完璧に防ごうとしても限界があるとつくづく思ったエピソードだった。
今回の件、店側も猛烈にバッシングされているし、店主の過去のツイートまで晒されてもうお店の存亡の危機といった感じさえする。そこまで酷いことをお店がしたのかといえばミジンコはそうは思わない。客に客の事情があると同様にして店には店の事情がある。不愉快なことがあったら「即・食べログで批判する!」なんてことを平気でやる人たちも少なくないようだが、ミジンコの経験上、食べログやらツイッターやらで店への恨みつらみを書く人たちの方にも非があるケースがほとんどだ。いやもっと言ってしまえば店に散々迷惑をかけたモンスターほどネットで罵詈雑言を書き込んでいるように思う。例えば店になにかしらのマナー違反を注意されたりした客が後で自分を肯定するために店をコキ下ろすなんてことは珍しい話ではない。本当に店側に非があるのだとしたらその場でもっとなにかしらの客と店側とのやり取りが存在するはずなのだが、同じ時間にいた客、そうミジンコなんてまさにそういう客なのだが、他の客がトラブルの気配も感じないままお店に満足しているのと同時にお店に1000年の呪いでもかけようとしている恐るべき人間もいるのだ。もっと具体的にいえば、他のお客様にご迷惑となること、例えばグルメサイトに投稿するための写真撮影に必死な馬鹿にはそりゃ店は注意するし、いちいち店側にグルメサイトに投稿する旨を伝えてなにかしらのサービスを要求するなんてこともお客様の差別化を拒絶する店側としては対応のしようがないことであり、そこを恨まれるのであればもうそれは通りすがりの悪霊にたまたま見つかってしまったようなもので回避がとてつもなく難しい。
乙武さんは事が大きくなった後でこのように述べている。「お恥ずかしい話だが、自分で店を予約する際、あまりバリアフリー状況を下調べしたことがない。さらに、店舗に対して、こちらが車いすであることを伝えたことも記憶にない。それは、とくにポリシーがあってそうしているわけではなく、
これまで困ったことがなかったのだ。」
これまで困ったことがなかった理由を彼はどう考えていたのかが分かりミジンコとしては非常に残念だ。困ったことがなかった理由は簡単に分かる。周囲の人々が助けてくれていたからだ。今まで予約の際に「乙武」という苗字を伝えられればほとんどの店は察することができたのだろう。店側が普段よりも頑張ったのだ。決して余裕の対応ばかりではなかったことだろう。彼を抱えて階段を登ることが簡単なわけがない。飲食店ではスタッフが職業柄、腰を痛めていることが多くて、人を抱えて階段を登る要員は事前に準備しておかなければならない。乙武さんが考えていた当たり前は決して飲食店にとっては当たり前のことではない場合も今までに幾度となくあったはずだ。それを今の今まで「困ったことがなかった」と言えてしまう乙武さんにはドッチラケだ。おいおい!今まで誰かが「あなたが困ったことがないと感じるように助けてくれていただけのことだよ!」ってことだ。
立場的な配慮というものがある。かくいうミジンコもこの配慮でものすごーーーく精神的に疲れるがそれでもやはり配慮しないわけにはいかないことがある。そういう立場なのだ。いったいどういう配慮か?要は店側のちょっとした手違いやミスを受け入れるということ。自分で言うのもなんだがミジンコは尋常ではないくらいに「怒らない」と言われている。このブログをご覧になっているとそんな風には見えないかもしれないが、政治家や大企業に怒るようにはレストランやホテルの従業員には絶対に怒らないのだ。どんなことが起きても「いいよ」、つまり「ドンマイ!」といった感じでその場で全て無かったことにして気を取り直していこう!とやるのだ。入れていた予約が店側のミスで入っていなかったり、テーブル上で水がこぼれようがワイングラスが倒れようがそのハプニングを楽しむ。そしてそのことを他言しない。店の評判が下がることは一切しない。更にミスをした従業員の上司に「また彼(彼女)で頼みます」と伝える。店(会社)側の人事にとやかく言う権利はミジンコにはないが、そう伝えておくと店はその従業員を絶対にその場で解雇しない。余計なお世話かもしれないがもしミスが連続する従業員ならばミジンコ一人がかばったところで解雇必至なのだ。今までの経験上、やらかしちゃった従業員のほとんど全員が後に店にとってかけがえのない有力スタッフに成長している。これ、ミジンコだけがやっていることではなくて、立場上、なにかの一言で誰かのクビが飛んでしまうような立場の人たちは総じてこの配慮に努めている。店やホテル側は「解雇」によって常連客の怒りを和らげようとしているのかもしれないが、それは実は客にとっては重圧なのだ。水をこぼしたり(←本当にこんなことはよくある)、注文ミス(←こちらが複雑な注文をしているのだから仕方ない)などはなんてことないことだ。結果としてはちゃんと自分にも返ってくる。望んでいるわけでもないが店やホテルの上の人たちはちゃんと「従業員を育ててくださっている恩返し」と言葉には出さないものの多大なる感謝という意味の「融通」を利かせてくれる。そうこちらも助けられているのだ。その融通で何度も何度もこちらも助けていただいている。
不愉快だと感じた後に店側に一矢報いようとしてツイートで広めようなんてやることが小さい。客に客の事情があると同様にして店には店の事情がある。乙武さんは今になって詳しい事情を説明しているがその説明を読んでしまうと尚更のこと彼の傲慢さが垣間見えてしまうのだから皮肉なものだ。普段、当然の権利だと考えているであろうことは大抵誰かの助けによって成り立っている。彼が求めている本当の意味でのバリアフリーな社会とやらもその社会を支えてくれる人々あってのものなのだ。そういう支え合う社会って不愉快なことがあったから相手を叩き潰すといった発想の人間は邪魔になるだけだ。ちょっとは我慢し、ちょっとは相手に譲歩していかないとゲーム理論、そう全員がパーフェクトな満足は得られないまでもある程度は満足できるという社会構造は構築できないのだから。乙武さんは今までゲーム理論を意識していないであろうことが今回の件で明らかになったことは個人的には残念無念。ちょっとは我慢しているなって人の方を助けたくなるのは人情ってものだ。今回の件で彼の人間性を知るに彼の言うバリアフリーで倒産に追い込まれるお店が次から次へと出てくるんじゃないかと思えてしまった。本当にそんな事態は勘弁してもらいたい。こちらは自分の睡眠時間や乙武さんが満喫しているようなレストランに行く時間をそういうお店たちの支援に使っているのだ。いやー、たまったもんじゃない。
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