町村信孝前衆院議長がお亡くなりになった。日本の政治に多大な貢献をなさった町村氏のご冥福をお祈り申し上げます。
実のところ、町村氏の政策には事あるごとに当ブログの管理人ミジンコは反対していた。本当にここまで逆張りになるかと思うほど、故人の政策、特に増税や新幹線の誘致活動など、本当にそれが日本の為になるとは思えないようなことを積極的に推進するという印象で、言葉は悪いが「こんのクソジジィが!」と何度聞こえないよ~に言ったことか。それほど政策的には大嫌いな政治家ではあったが故人は政治家だったと思う。なんのこっちゃって?つまりは政治家であることにしがみついて政局ばかりに必死な政治
屋ではなく、本来は政治家にならずともいくらでもその才能を発揮する場があり、(ご本人がそれを狙っておらずとも)自然に高額所得者になるほどの資質を備えていた人物だった。
静岡県沼津市出身。北海道知事を3期務めた故町村金五氏の次男で、祖父は「北海道酪農の父」 と呼ばれた金弥氏。東大経済学部卒。旧通産省(現経済産業省)を経て1983年に衆院初当選し、 97年に文部相で初入閣した。その後、初代文部科学相、党総務局長などの要職を務め、この4月までは衆議院議長を務められた。体調の都合で已む無く議長を辞任したが議長に相応しい見識と節度を合わせもった方だった。
ともかく当ブログの管理人とは色々な面で対立軸の真反対におられた町村氏ではあるがいなくなって欲しくはなかった。惜しい。本当に惜しい。3年前の自民党の総裁選でも人間のデキていない当ブログの管理人は町村派の動きをボロッカスに言っていた。総裁選なので自民党が1枚岩であることを見せる必要はなく、むしろ党内には色々な意見が同時に成立できることを示すときではあったが、当初は石破陣営だけでも下馬評では上で更に町村派まで安倍さんが総裁になることを阻もうとするのかと憤った。しかしながらこのミジンコの言い分は当時から分かってはいたがお門違いなのだ。筋論で言えば、清和会(町村派)から町村会長自身が出馬しているのだから、むしろ安倍総理が出馬宣言することの方が町村派からしてみれば裏切りということだろう。その感情は理解できた。単にミジンコとしては安倍総裁の方が民主党政権に終止符を打つ可能性が他のどんな候補者よりも高いと感じたので安倍候補支持であったに過ぎない。誰が自民党総裁になろうとも民主党政権は終わったとは思うが確実な方が良かった。しかも当時の安倍さんはまだ消費税増税についても明言しておらず、アベノミクスは期待させるに足る政策だった。今でも思う。なんで消費税増税をしてアベノミクスをズッコケさせたのか?
その全員が右向け右にならないところが自民党の良い面でもあるとも感じていた。実際、今こそ安倍総理を諌めることができる貴重な人物が多ければ多いほど良いのだ。株価も上がり続け、景気回復の兆しが見えている今こそ、逆に安倍総理に説教ができる人が必要なのだ。日本には景気対策としても外交・国防にしても長期政権が必要であり、その長期政権に必要なのは総理大臣が独断専行しないで多くの意見を聞く耳だ。その耳を総理が塞ぎようにも塞げないほどの至言で聞かせるようにできる人物はこの日本でも多くはない。それができる筆頭株が町村氏だった。
昨年末より町村氏の衆議院議員議長就任に伴い町村派は細田氏が派閥の領袖(りょうしゅう)となる旨が関係各位に伝えられ、町村派は実質細田派となった。しかもその細田派が更につっこんで言ってしまえば実質的には安倍派だとする声が多い。つまり町村氏は自民党での教え子とも言える安倍総理に派閥を譲ったのだ。それこそが安倍政権を盤石なものとして日本にとっても大きな意味があると考えてのことだろう。体調の問題があったとはいえまだ70歳、なかなかできることではない。権力にしがみつき、政党助成金獲得のために手段を選ばない厚顔無恥な政治屋たちとは大きな差がここでも見て取れる。
残念だ。町村氏が今後の日本を見届けられなかったことが心から残念だ。氏こそが日本の景気回復を見て満面の笑みを浮かべる資格がある功労者だった。ここのところの株価上昇はまさにイマイチ実感が湧き難かった2002年2月から2009年3月までのいざなみ景気のように〇〇〇〇景気といった名前が付くかもしれない景気回復の始まりを感じさせる。もうほんの数年でも町村氏が長生きしてくだされば、もっと日本の良い光景をご覧いただけたことだろう。最もその日本復活を見るべき人が先に旅立ってしまったことが残念だ。清廉実直、批判の矢面に立っても誰かを盾や犠牲にするでもなく、全部ご自身で受けていた人物だった。町村氏のような手強い賢人が安倍政権には必要だったというのに余りにも早過ぎる。天国には旧通産省~自民党議員という先輩方が沢山おられるわけだが町村氏はその中でも70歳と余りにも早い、早過ぎる!その早さを先輩方にお説教されていることだろう。
敵という感覚では無かったが非常に手強い存在が旅立ってしまい、改めてその大きさを感じる次第。人は最期にその価値、器を周囲に再認識させるものなのだと痛感させていただいた。クソジジィ呼ばわりしたこともあったが尊敬すべきクソジジィだった。猛烈に働き続けて日本に大貢献して更に権力(派閥)まるごとポンと総理大臣に渡して誰にも迷惑をかけずに旅立ってしまうなんて我々若輩の後進たちのハードルをえらく上げてしまって迷惑なクソジジィだ。日本はこれからなんだから、もっと長生きすれば良かったのに。
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