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只今、テレビ朝日系列「朝まで生テレビ」で地球温暖化について、たぶん日本を代表するらしい学者たちが、温暖化の有無について討論中。
この総選挙の直前に、「朝まで生テレビ」が政治についてではなく、温暖化をテーマにしたことには正直驚いた。これを喜ぶべきなのか?流石に日本で最も温暖化が起きているのか否かを知りたいミジンコ(当社比)でさえ、「今日、温暖化かよ!」とツッコミをいれたい気持ちもあったが眠い目をこすり今も番組を視聴中。
温暖化議論についてお馴染みの学者&ジャーナリストたちが白熱ってほどでもなく、低温燃焼中。よく言えば冷静、悪く言えば話下手が多い。
IPCCの出しているデータを基に議論したり、そのデータを疑ったりしたり、なんというか議論以前の問題も感じる。結局、議論は「アンタのデータは信用ならん、アンタのデータは恣意的だ」ってことの繰り返しでしかないので、ミジンコとしては温暖化の肯定派も否定派もどっちもどっち。
(異論はあるだろうが)一応は温暖化議論での日本を代表する論者たちが集まって討論しても参考にはならないということは解った。
あと解ったのは、司会の田原総一郎は解らないことにも口を出す上に理解が討論参加者の中でワンテンポ遅いってこと。今の時点で番組中、声を荒げて相手を恫喝したのも司会である田原総一郎のみ。いないほうが建設的な議論が進む司会者って・・・。
温暖化が起きているのか否か、ミジンコには解らない。これは困ったことに、調べれば調べるほど、識者の話を聞けば聞くほど、解らなくなる側面もあるから始末が悪い。
どういうことかというと、例えば仮に、とても説得力のある説明をしてくれた研究者に会ったとする。そこでミジンコの考えが温暖化が起きている、もしくは起きていないのどちらかに傾いたとする。ところが後にその研究者の資金提供企業に有利な学説であるということが判明するときが困りもの。
本当にその説が正しいのかもしれないけれど、流石にその研究への信頼感は揺らぐ。だからといって、この世界に完全に中立な立場の研究者なんているだろうか?そんな自問自答を繰り返す日々。
今回の「朝まで生テレビ」の出演者たちも自分が所属する国立の研究機関や大学(独立行政法人)、はたまた本を売りたい教授など、結局のところ、自分のポジションを守るための討論に終始しているのは仕方のないことか。残念な討論ではあるが仕方のない討論ではある。ため息は出るが。
ミジンコとしては温暖化が起きていなくても困ることはない。別に「温暖化解消マシン」なんてものの研究開発に投資しているわけではないから。
確かに温室効果ガスが発生しないでエネルギーを生み出す技術やそういった技術を導入した機器向けの素材開発に鼻血が出るほど出資しては損をしている(←半分冗談、半分ホント)が、別に後悔はしていないどころか、数ある仕事の中でも非常に誇れるものではある。
本音で言って、広告を作る仕事も、ジャングルをかき分けて進む仕事も、もしかしたら地球温暖化を抑制するかもしれない技術革新を促す仕事も、ミジンコには等価。どの仕事も同じ価値観で取り組んでいるが、おそらく100年先の人たちですら使っているかもしれない便利さと地球環境保全を実現するのは、今、鼻血が出るほど出資している仕事ってやつなのだろうとは考えている。
温暖化が起きているのか、起きていないのか?それを議論すること自体が時間の無駄にさえ思えてくる。よくよく考えたら自分の考えは決まっていて、自分以外のすべての人類が地球温暖化は起きていないと断言しても、推進している技術開発を止めるわけもないのだ。なにしろ、温暖化が起きていようが起きていまいが、地球上で有限である素材が使われる量を低減したり、化石燃料の代わりに太陽光発電が普及することにデメリットを感じないから。ただし、鼻血は出るほど・・・(しつこい?)
今年のことなのだがミジンコが出資しているある素材開発のニュースを知った研究者が、彼のブログでその素材加工技術について絶賛してくれているのを検索で偶然見つけて嬉しかった。
余程「おれ、おれ、おれだよ」ってコメントしたかったが、ミジンコにはそういうことは許されていない。でも、最近の楽しみのひとつはそういう偶然見つけるその研究開発に対しての賛辞。もっと誉めて!・・・というのは冗談・・・でもなく本気。
「朝まで生テレビ」を観たことには意味があったと思う。まだ放送中だけれど。温暖化の有無に思い悩んだところで自分のスタンスが変わるわけもなし。別に温暖化が起きていないとしても、温室効果ガス排出抑制“にも”効果がある技術を生み出す作業を手伝えることは、鼻血は出るけれど誇れる仕事だと思う。
なにより研究者たちと、その技術の効果を語り合うだけでも楽しい、イヒ♪