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チュニジアの博物館襲撃テロで負傷し、首都チュニスのシャルル・ニコル病院に入院中で陸上自衛隊3等陸佐の結城法子さん(35)=東京都豊島区=は20日、共同通信など一部メディアに手記を寄せ、「現実のこととは思えませんでした」と事件当時の恐怖を振り返った。
また、結城さんは手記で、朝日新聞記者と日本大使館員の取材をめぐるやりとりについて「『取材をさせてください。あなたに断る権利はない』と日本語で怒鳴っている声が聞こえ、ショックでした」と記した。
これを受け、朝日新聞の石合力・国際報道部長は朝日新聞デジタルのホームページ(HP)に「取材の経緯、説明します」と題した見解を掲載し、「記者には大声を出したつもりはありませんでしたが、手記で記されていることを重く受け止め、結城さんにおわびします」と謝罪した。
(以降、結城さんの手記に続き読まずにはいられない深刻な内容ではあるが長文であるが故にここでは省略します。上記の産経ニュースのリンク先で全文が閲覧できます。)
冒頭で述べたとおり、大使館員は結城さんに強引な取材をすることが明白であった朝日新聞の記者を防ごうとしたのだ。これこそ大使館員としては至極真っ当な対応であり、むしろ称賛すべきことだ。大使館員は怪我を負い心身ともに憔悴している結城さんに更なる心のダメージを与えることが容易に想像できた朝日新聞の記者を食い止めたのだ。大使館員としての職務を全うしたということだ。朝日新聞記者のそんなつもりは無かったという言い訳は断じて通じない。この記者が結城さんにとっては害にしかならなかったであろうことは容易に推察できる。なにしろ大使館員に向かって「あなたに断る権利はない」なのだ。馬鹿か、この記者は!大使館員は邦人を守る権利があり、朝日の記者のほうこそ慇懃無礼な態度でテロ被害者にインタビューをする権利なんぞ無い。
そして更に悪いのがこの朝日の馬鹿記者に続いての朝日新聞・国際報道部長とやらの弁明だ。「記者に大声を出したつもりはありませんでした」だと!?ふざけるのもいい加減にしろ、朝日新聞!これが謝るときに最初に言うべき言葉か?大声かどうかの話ではないだろうが、アホか、この部長は!そこじゃないだろう!大問題なのは結城さんを守ろうとした大使館員に暴言を吐き、テロ直後で怯えている結城さんがその状況を把握できる場所で揉め事を起こし、更に結城さんを怯えさせたことが最低最悪なんだ!そこが分からないこのウスラバカ記者もすっとぼけた国際報道部長とやらも先ずは道徳の時間からやり直せ!テロ被害者に更なる恐怖を与えて何がしたいんだ、朝日新聞は!
そもそも一応は報道機関を名乗る新聞社の部長が声を出した側が「大声を出したつもりはない」という言葉を鵜呑みにして謝罪にすらなっていない弁解をしている点がジャーナリスト失格だ。客観性を担保するのならば、通常は声を出した本人の弁なんぞ信用せずに、周囲のその声を聴いた人々の証言こそを重要視するべきだ。そう、結城さんが大声だと感じたというのであれば、それこそが真実だろう。声を出した記者が何と言おうと結城さんが大声に感じ恐怖を感じたのであればそれが真実だ。新聞社の部長ともあろう者がそんな客観性を持ち合わせていないことが朝日新聞の質を物語っている。
多くの人々が銃撃され命を奪われるその現場に居合わせ、結城さんはご自分も負傷し、御母堂も重傷を負った。そんな目に遭った入院患者に無理にでも会おうとする朝日新聞の記者の人間性の下劣さたるや筆舌に尽くし難い。そもそも大使館員が制止することに歯向かって「(大使館員には)権利がない!」と叫ぶその神経がおかしい。まともな社会人ならば海外で邦人保護中の大使館員に歯向かったりしない。大使館員の目的がはっきりしているからだ。その大使館員の邪魔をすることは即ち、我々日本人に仇なすことになると誰だって分かる。それをわざわざやろうとする朝日新聞は本当に日本人の不利益こそが社是なのではないだろうか?一連の従軍慰安婦強制連行捏造記事についても延々と社長の謝罪すらも引き延ばした愚劣さ、今回の件も朝日新聞らしいといえばそうなのだが、分かっていても腹が立つ。
結城さんの手記一部抜粋:
大使館の方は、「朝日新聞の記者の方がインタビューをさせてほしいと言っているが、受ける必要はない。体調も良くないし、インタビューがどう使われるかわからないし、あなたには断る権利があります」と言われました。今まで、義務だと思いインタビューを受けていたので、涙が出るほどうれしかったです。
朝日新聞の言う権利とこの大使館員の言う権利のどちらが正しい権利なのかは言うまでもない。
結城さんは自衛隊の三等陸佐であり医官(麻酔医)だ。どうも自衛隊員であるご自分の職責を考えてマスコミの取材を受けなければならないと考えていたようなのだが、例え自衛隊所属の医官といえども取材を全て受けねばならないという義務はない。大使館員が結城さんに伝えたことが正しい。銃撃を受けた直後にインタビューなんて受ける必要はない。
結城さんが手記で明らかにしたから渋々ながら謝罪めいた言葉を吐く朝日新聞。まったく反省なんてしない企業なのだろう。こんな企業が今もって報道機関を名乗っていることがどうかしている。
議員の不正を追及する為には法を犯しても良いのだろうか?答えは否だ。では、議員の不正を追及する為には迷惑行為を行っても良いのであろうか?これも否だ。フジテレビの情報番組はそこを理解していないようだ。
大前提としてマスコミによる私刑は断じて許されない。ただのテレビ局が事件の被疑者や汚職疑惑のかかった議員などを追及するまではまだ百歩譲って報道というものであろうが、仮に最高裁で有罪判決を受けた被告に対してであろうとも、テレビ局が量刑とは別の罰を被告に与えることは絶対に許されない。マスコミは法の番人ではない。ところがマスコミ各社は責めやすい相手には容赦なく私刑を加える。抵抗できない相手、反撃があまりできないであろう相手には徹底的に鞭を振るう。
先に触れておきたい件がある。それほど前のことではない議員自殺の件をまとめたページ↓
ネット炎上した岩手県議の自殺にワイドショー困惑 日テレ「スッキリ」とフジ「とくダネ」の対応(NAVERまとめ)
この件について「スッキリ!」のコメンテイター・宮崎哲弥氏はマスメディアにも問題があったと提起し、同じくコメンテイターのテリー伊藤氏は「自殺するほどの問題じゃない」と自殺した議員の心の弱さを指摘した。フジテレビの「とくダネ」で岩手に赴いて議員への取材を試みていたレポーターは今もレポーターのままだ。このレポーターが今も社会問題についてなどをレポートする姿を見かける。なにが正しく、何が間違っているのかを語るには止められるはずだった人の死は簡単ではなく、自殺者本人にしか分からないことだってあることだろう。現実問題として、被疑者の自殺を恐れて何も追及されない状況もそれはそれで問題が無いとは言えず、何が正しいとは言い切れないことではある。但し、冒頭から述べているように私刑はおかしい。どんな犯罪を取材するにあたっても、マスコミが被疑者に罰を与えるという越権行為は許されない。この自殺した県議はまさに追い詰められていた。確かにこの亡くなった県議の病院内での言動やその後のネットでの対応などは議員として到底許されないことではあったが、死刑どころか軽犯罪法にも触れるかどうかといった微妙なところだった。県議としては不適切であったことは間違いないのだが自殺するほどの重罪だったとは思えない。本当にこれは難しい「線引き」というもので、何が正解かがリアルタイムでは判断できないことではある。ではその「判断できない」ことを判断できないのであるからと開き直って暴走することがおかしい。恐る恐る線を越えないように慎重に進み、考え過ぎも含めて線を越えそうな気配を少しでも感じたら引く、そういう機微を感じられないようではジャーナリスト以前に社会人として欠格があると言わざるを得ない。
もっと具体的に例えたい。いや、もっとストレートにとでも言うべきか。人を自殺にまで追い込んでおいて直前まで気がつかなかっただの、自分が原因のひとつであるという自覚すらないクソッタレな人間は取材なんてするべきではない。連日連夜、何日も何日も取材班と称してチーム体制で一人の人間を追い続け、本人だけではなく家族や友人にまで直接ならびに電話での取材攻勢、被疑者は反省するとか釈明するとか以前に落ち着いて考える余裕すら与えられない。被疑者が罪(があったとして)と向き合う暇すら無くなる。家からも出られない被疑者は追い詰められていき、そのマスコミ包囲網については被害者意識を持つ。つまりマスコミ攻勢のせいで被疑者は自己の犯罪と向き合うこともないまま被害者と化す最悪の結果となる。マスコミは犯罪者を私刑で裁いたつもりかもしれないが、肝心の被疑者はなんの反省も贖罪もないまま、マスコミの横暴を背景に更に守りを固める。本当の犯罪被害者たちは置いてけぼりだ。
昨晩、フジテレビ「Mr. サンデー」にて、あの号泣会見で日本のみならず世界がドンびきした野々村竜太郎元兵庫県議員を追い回す映像を公開していた。日帰り出張などの不正を指摘された県議ではあるが逮捕には至っていない。公金横領疑惑を受けて横領疑惑のあった経費を全額返納しているわけなのだが、それと刑事告発は別なので今後は起訴されるやもしれない。公人の公金横領は返金すればOKという問題ではない。勿論、民間でも同じこと。横領をした時点でそれを後から返金しようが情状面で考慮されるかもしれないが犯罪は犯罪だ。しかしながら、その起訴を判断、処理していくべきは検察であり、断じてマスコミではない。例えば納税者である兵庫県民でさえ、勝手に怒りに任せて野々村議員に制裁を加えるといった行為は絶対に許されない。あくまでも裁判、つまり三審制の中で下った判決に基づいてでしか野々村議員を裁くことはできない。明らかに怪しかろうともそれはあくまでもそういう状況としか言えず、裁判の中でしか事実認定はありえないことだ。ではフジテレビが昨晩放送した内容はどうだろうか?まだ裁判の被告にすらなっていない人物が住むと思われる集合住宅の敷地内に侵入して延々と追跡だ。その時の野々村元議員の言動も冷静なものではなかったが、一応はマスコミとは分かる集団ではあっただろうが、男たち複数名が延々と接近してカメラを向け話しかけてくるのだ。誰だって怖い。野々村議員の叫びや体当たり、そしてつながっているのかも不明な電話など、そりゃおかしな部分は少なくなかったが、もっとおかしいのは建造物侵入とストーカー行為(迷惑行為で条例違反の可能性大)だ。野々村議員ではなくたって、知らない人間たちが住居のある敷地内に侵入して一斉に追いかけてくれば怖いし、できれば逃げたくなる。もしその場で警察が介入していたらどちらが逮捕、拘束されるべきかは言うまでもないことだ。
どう見ても野々村元議員はパニック状態だった。あの記者会見と同じく、そんな状態の野々村元議員とまともなコミュニュケーションが取れるはずはなかった。そんなことはフジの取材班だって百も承知だろう。それでも彼らはその動揺して逃げる野々村元議員の充分な尺のある映像を撮りたかったのだ。あんなものは取材でもなんでもない。精神的に追い詰められている人物を追いかけましている狂気の映像だった。
フジテレビの視聴率が低迷しているというのはよく話題になっている。原因はいくつも挙げられている。よく挙げられているのは韓流ゴリ押しを続けていた件、岡村たかしが「イヤなら見るな」と述べた件、フジテレビ前のデモから更にフジの低迷が加速したといった説、他にも色々とあるが、フジテレビが嫌われている理由のひとつとして取材と称しての下劣で卑しい「人(取材対象者)いじめ」が際立っていることも挙げたい。
当ブログ管理人が忘れられないフジテレビの酷い取材:
こういったフジテレビの取材により視聴者は局自体への嫌悪感を募らせていったのではないだろうか?こういう酷い取材のやり方を視聴者は四六時中覚えているわけではないだろうが、時折、今回の野々村元議員へのやり方などを見ては「ああ、またフジか!」となるのではないだろうか?当ブログの管理人ミジンコはまさにそのパターンだ。「この時間帯、フジテレビしかニュース(大きなニュース、メインとなるニュース)がやっていないんだよなぁ」という時、具体的には日曜22:00や平日23:30からのニュースは他局はもう細かいニュースやスポーツニュースに移行しており、フジテレビ一択となる。その仕方なく見たはずのニュースで海外の震災で足を失った青年への突撃取材だの、母を失った少年の映像だの、精神的にもう正常とは思えない人物の自宅敷地に押し入って追いかけまわす映像だの、それらはニュース映像ではなくてただただわざわざテレビで流すことはないことだ。