秋葉原で17名も殺傷した殺人鬼がさ、法廷で遺族や被害者に謝罪めいた言葉を述べたり、自分の性格や生い立ちを説明しているけれどさ、まぁ、弁護士の入れ知恵もあるだろうけれどさ、そんな狂った殺人鬼のことを分析したところで次の事件を防ぐことにつながるのだろうか?
そんな気が全然しない。
無差別大量殺人への抑止力を求めるのならば、あの秋葉原の殺人鬼を苦しめて苦しめて苦しめてから死刑にする方が次のヤツが犯行をためらうかもしれない。無差別通り魔になるようなヤツは被害妄想の結果としてなんの関係もない人々を巻き込んでいるだけのこと。そんなクズ中のクズの分析なんかが次に役立っているのならば何十年も前に通り魔は過去の犯罪となっているはず。
加藤被告とやらがネットの掲示版だとか母親のせいにしていることを知ったところでなんになるというのか?
これでは同じ境遇、同じ経験をした人々を侮辱しているようなものだ。母親から虐待を受けようが、ネット掲示板で馬鹿にされようが、加藤被告以外は誰も通り魔になっていない。
既に秋葉原の事件の模倣犯が出てしまっている。次の通り魔候補が震え上がるくらいの刑罰を加藤被告に宣告したほうがよほど抑止力になる。
加藤被告の場合は冤罪はないわけなのだから遠慮なく苦しめて殺せばいい。別にそれを公開しろとか、YouTubeにUPしろとは言っていない。ただ通り魔の末路は自殺するよりもよほど苦しい目に遭うと広く認知されていけば、人生を悲観した通り魔候補たちは真面目に生きていただけの善良な人々を殺してから自分が死のうとは思うまい。
所詮そういう連中なのだ通り魔なんてものは。加藤被告のように社会になにかメッセージをなんてことを後から言う卑怯者もいるにはいるが、実際には自分の人生がドンづまりだと悲観して誰かを巻き込んで死のうとしただけ。加藤被告には、秋葉原で犠牲になった人々よりも苦しい死に方を与えることこそが応報として妥当だろう。一生懸命に生きていた人々を理不尽な理屈で何人も殺した者が、獄中で散々考える時間を与えられ、更に反省を述べる機会まで与えられて、最期には一瞬で死ねる方法での死では、そりゃ今後も通り魔は出現するだろう。
今の日本の状況、特にマスコミの対応が酷いものなのだが、これでは大量殺人をすると自分のメッセージが全国放送されると告知しているようなもの。つい先日も航空機爆破テロを実行した者が税金で遊覧飛行をプレゼントされていたが、日本ってのはどこまで殺人者を優遇すれば気が済むのか?
通り魔殺人なんてしたら想像するのも恐ろしい刑罰が待っているとする。これはそんなに残酷なルールとは思えない。そんな恐ろしい刑罰に遭いたくなければ通り魔をしなければ良いのだ。
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