セントラルパークの向こうに見えるはずのワールドトレードセンターのツインタワーも今はもう存在しない。11年経っても自分にはまるで嘘のような光景だ。本当にあのワールドトレードセンターが無くなったとは思えない。
数年に1回、マンハッタンの上空をヘリで飛ぶことにしている。普段乗っているヘリではなくただの観光ヘリコプター。ただのストレス解消。ハドソン側沿いにあるそのヘリ観光会社はなんの予約もなしに行っても大抵は1時間も待たないで乗せてくれる。料金もとても安い。二人でも$300かからない。自分が住んでいたマンションなどの上空を飛ぶので面白い。換気扇の排出口だらけの屋上が懐かしい。
セントラルパークにも色々な思い出がある。学生時代にクラスメイトがセントラルパークで撃たれて命を落とした。彼が2回目の欠席のときに彼と親しかったクラスメイトが教授にその旨を伝えて教室は騒然となった。その彼とは話したことも無かったがミジンコと同じくらいの成績だったので印象に残っていた。
彼がどう思っていたかは知るよしもないがセメスター(学期)の中盤で上位争いをしていたのでミジンコの方は意識していた。簡単な数学のクラスだった。その簡単なクラスでトップを取れないのならばなんでこんなに厳しい学生生活を送っているのかという思いが強くて意地でもトップになりたかった。ニューヨークに住むだけでも楽しいながらも辛いことも多かった。そこまでしてニューヨークにしがみついているのに成績が悪いなんて自分を殺したくなるんじゃないかと思い猛烈に勉強を始めた。
亡くなったクラスメイトは流れ弾に当たったのだと後で知った。当時のニューヨークでは銃撃戦が珍しくもなかった。今の治安の良いニューヨークが嘘のようだ。ジュリアーニ元市長が警察官を5,000名増員して徹底的に治安向上に努めたり、マンハッタンでも治安が良くないと言われている地域にディズニーが観光スポットを作って周囲を明るくしてくれたことが大きい。そしてあの9・11。テロへの警戒が街の治安を向上させたことは皮肉なものだ。本当に今でも自分が学生の頃と今のニューヨークの治安の差に戸惑うほどだ。
自分が流れ弾に当たっていてもおかしくなかった。自分の生活圏内での発砲事件は珍しくもなかった。むしろ銃犯罪は日常の一部だった。普段よく行っていたマクドナルドは強盗に襲われていたし、住んでいたアパートから2ブロック先で日本人留学生が銃で撃たれた。今思えば馬鹿みたいなリスクを負って留学していたと思う。自分以外の人間には過去に遡ったとしてもオススメしないが自分ならばもう1度留学するといったところ。結局は何度でも留学する。
取っていた数学のクラスはトップで修了した。4回あるテストの全てが満点だったので当然だ。英語がヘタクソだったので授業態度をどう評価されるか心配だったが教授は必死な自分を温かい目で見守ってくださった。テスト中に問題文にあった人名の男性か女性かが分からないで教授に質問したことがある。確率を導き出す問題で性別が分からないとその後の解答に支障をきたす問題だったからだ。恥ずかしかったがストレートに訊いた。ちなみにDee Deeは女性だった。
セメスター中の試験の全て満点は狙ってやった。そうしないと亡くなったクラスメイトの不戦敗で自分がトップになってしまうと思ったからだ。彼が尊い命を落とさずに全てのテストを受けていたら全て満点を取っていたはずだった。だから全部満点を取らないと同率で1位になれないと考えた。
本当に1度も話をしたことがないクラスメイトにそこまでの思いを寄せるのも迷惑な話だったろうがどうしても彼との競争にこだわりたかった。おかげで勉強をほとんどしないまま大学に入った自分について当時の恋人が「勉強の次に私が好きなのよね」と周囲に言うほどになった。
セントラルパークをこうやってヘリから見ても地上から見てもニュース映像で見ても治安が悪かった頃のことを思い出す。もし今のように治安の良いニューヨークであったならばクラスメイトは命を落とさないで自分など足元にも及ばない数学者になっていたと思う。
[19回]
PR