あの「ミスト」のフランク・ダラボンが製作総指揮で全米で最大の視聴者数を記録したドラマのサードシーズン。米ドラマはシーズンごとにほぼ話がリセットされてしまうようなシリーズも多いが「ウォーキング・デッド」は違う。シーズン1から3までストーリーは全てつながっている。複線を全て回収している真面目なストーリー展開はむしろ米ドラマでは珍しいタイプだ。ひたすら長々と1話完結のショートストーリーを連結した数多の米ドラマと一線を画しているのが「ウォーキング・デッド」だ。ゾンビ映画が大嫌いなミジンコではあるがこの作品は認めている。「人間が一番怖い」というメインテーマをずっと堅持したまま「次はどうなるのか?」と次回が待ち遠しくなるストーリー展開は極限状態での人間ドラマを描かせたら世界一のフランク・ダラボンの手腕が光っている。
以下、本当に最終話近くのネタバレなのでこのシリーズを観る予定の方々は読まない方が良いかと。日本ではまだレンタルも始まっていないシーズン3なのだ。ここまで読んで既にこのシリーズを観ようと考えた方々はここで読むのを止めることをオススメする。ゾンビが大嫌いなので絶対に観ないと決めている方々は映像を観ないで若干のダラボン流の人間ドラマがどういったものかその触りの部分を楽しんでいただけるかもしれない。
15話の主人公はメルルだ。ずっとこのキャラクターが大嫌いだった。シーズン1の冒頭で少しだけ登場したこの男は仲間に暴力を振るいワガママ放題。手錠でビルの屋上につながれたまま置いてけぼりにされ、屋上に上がってくるゾンビの群れを避けるために自らの片手をノコギリで切断して逃げた。後にシリーズを通しての主人公である元保安官と仲間たちが救出に向かったが屋上にはメルルの手しか残っていなかった。メルル役のマイケル・ルーカーはこの作品で唯一の有名な俳優だった。後にドラマが大成功して特に弟ダリル役のノーマン・リーダス(千葉県在住経験あり)は大ブレイクしたが、シリーズ当初は本当に唯一の知名度の高い俳優としてその存在感は際立っていた。
シーズン2ではメルルは登場しない。その間に弟のダリルは仲間たちと馴染んでいった。シーズン3でメルルがどうしていたのか明らかになる。シリーズを通しても最も凶悪なキャラクターであるガバナー(提督)が支配する町で用心棒をしていたのだ。失った片手の代わりにナイフを装着し、ガバナーの右腕としてゾンビたちだけではなく、人殺しなどの汚れ仕事を担っていた。
このメルルがシーズン3では心底憎らしいキャラクターで元は仲間であった主人公側の人々をこれでもかっていうくらいに苦しめる。ミジンコがシーズンを通して1番好きなキャラクターである「えなり君」と呼んでいる韓国系アメリカ人の青年(スティーブ・ユアン)がいるのだが、彼とその恋人を拉致して拷問にかけたのがメルル。えなり君を椅子にしばった常態のまま、部屋にゾンビを放つメルル。仲間だったえなり君を殺そうとし、えなり君の恋人はガバナーに差し出した。その恋人は幸いにしてレイプ未遂に終わったがメルルはガバナーがレイプすることを承知で差し出しているのだから許し難い。
そんなメルルは今度はガバナーの信頼を失い、捕らえられた弟ダリルとの殺し合いを強要される。最強の兄弟であったのでかろうじて難を逃れたがメルルは弟と一緒に元仲間たちのところに戻っても信用は地に堕ちていた。そりゃそうだ。誰が仲間を誘拐し暴行し殺害しようとした相手を信用するというのか。それでもメルルは悪びれもせずに弟と一緒にいることを選択する。
ミショーンという剣を使ってゾンビも人もバッタバッタとなぎ倒す女戦士がいる。そのミショーンにゾンビになった娘を殺されて(?)恨んでいるガバナー。ガバナー暗殺を企てたミショーンはガバナーの片目を奪ったが暗殺は失敗している経緯もある。そのミショーンさえ差し出せば主人公たちが暮らす刑務所だった場所へは攻撃しないと申し出るガバナー。悩む主人公の元保安官。戦力的にガバナーの数十名の軍勢に10名足らずの刑務所側では勝ち目が薄いからだ。そこでミショーンを騙して縛りガバナーに差し出そうと考え出す主人公。メルルは最初からそんな酷いことを主人公はできないと見抜いていた。実際に主人公は悩んだ末にミショーンを差し出さないで戦うことを決意する。
ミショーンに不意打ちをして縛り上げるメルル。刑務所側が戦おうと決意したと同時にミショーンを拉致してガバナーの町に向かったのだ。車の中でメルルとミショーンの会話が衝撃的。メルルはこの世界(ゾンビがはびこる世界)になってからしか殺人を犯していないというのだ。今までの彼の描かれ方からして殺しは手馴れたもののように見えたがそうではなかった。ミショーンはそれを見抜いていたかのようだった。おそらく最強の殺し屋のごとく描かれているミショーンも殺人はこの世界になってからなのだろう。こんな世界になっていなかったのならば二人とも人殺しなんて一生しなかったのかもしれない。
ミショーンを縛っているワイヤーを切ってクルマから降ろすメルル。仲間のところへ帰れという。ミショーンにはメルルがなにをするのか理解していたので重い空気が流れる。メルルはたった一人でガバナーたちとの対決を選んだ。ガバナー側はメルル一人に多くの犠牲を出したがガバナーは無事のまま。その戦いの場所に後から到着した弟ダリルは生き返った兄と対峙する。最後の最後でメルルが仲間のために自分を犠牲にした。片腕にナイフを装着したゾンビの姿があまりにも哀れで、それをもう1度殺さなければならない弟ダリルの姿に泣けた。シーズンを通じて本当に嫌な奴だったメルルの死がこんなにも悲しいとは・・・・・。ダラボンは本当にこういう演出が上手い。
ちなみに原作コミックには弟ダリルは存在しない。メルル役のオーディションに落ちたノーマン・リーダスがあまりにも良かったので急遽ダラボンが弟役を設定したのだ。その弟ダリルは今や一番人気のキャラクターで彼が主演のスピンオフ作品の話なども持ち上がっているほどだ。
最終話ではアンドレアまで命を落としてしまう。まさかの展開だった。段々と不人気キャラになっていく不幸な設定だった。シーズン2でもシーズン3でもシリーズでの悪役に抱かれて好意を惹こうとしていた悲しい女性だった。絶望ばかりの世界ではそうすることが生きる術だと考えたのも無理はない。それでもどうしても好感度としては厳しいものがある。
本来は弁護士として社会正義のために献身的に働いていた女性が世界が一変してしまい銃の扱いを覚えた。仲間とはぐれ、それでも必死に生き延びて、ガバナー側と主人公側の和解を彼女なりに試みていたが全てが裏目に出ていた。アンドレアがゾンビに咬まれてしまった後で仲間たちがガバナーに監禁されていた彼女の元に到着。一足遅かった。ゾンビに転化する前の自殺を決断するアンドレア。仲間から銃を借りて自ら命を絶った。「頑張ったのよ」と最期の彼女の言葉。もう彼女のビッチっぷりに好感度ダダ下がりではあったのだが彼女が死んでしまうことは望んでいなかった。彼女は固定レギュラーのような気さえしたのでどんなに彼女がピンチになっても安心して見ていられたのだ。まさか彼女が死んでしまうなんて・・・・と正直思った。
よくよく考えると彼女は常に仲間の身を案じていた。メルルもアンドレアも行動と結果の歯車が上手く噛み合っていなかったに過ぎない。世界がまともならば!とドラマを観ていて口惜しくなるのだ。ダラボンめっ!!!
拍手メッセージで頂いた「ダラボンがシーズン2前に降板していること」について書きます。それを承知でミジンコは今もって「ウォーキング・デッド」はダラボンが指揮していると考えているということです。
緘口令が敷かれているようですが実際はAMC側が予算縮小に不満だったダラボンを解雇したようです。ドラマはヒットしたにも関わらず1話ごとの予算を大幅に縮小する判断を下したAMCは愚かな判断をしたとミジンコは考えます。実際、予算の減ったシーズン2は予算が少ないことが見て取れることが多々ありました。低予算で済むドロドロした愛憎劇と化したシーズン2は正直いって「文明社会が終りかけていることを感じさせる」シーズン1ほどのインパクトはありませんでした。これはヒットドラマとしては大失策でしょう。さて、ダラボン解雇後の製作はどうなっているのかというとダラボン組の側近中の側近であるグレン・マザラが製作総指揮に就任しています。これはダラボンはいわば無給でその後も「ウォーキング・デッド」の製作に参加しているという考えが業界では暗黙の了解です。マザラがダラボンの意志を継いでいるというよりは、マザラはシーズン2を通じてAMCが妙な方向に持っていこうとした内容をダラボンの構想に引き戻そうと努力していたように見えました。
予算をケチってダラボンと対立し、その結果として最悪の手である「ダラボン解雇」を選択したAMCという会社の製作ではありますが、初期構想から第1話の監督(ヒット映画監督がドラマの監督に戻ることは異例)を担ったダラボンの子供とも言えるが「ウォーキング・デッド」です。マザラはインタビューでも常にダラボンへ敬意を払いダラボンについて触れています。ダラボンが解雇される前に構想していた刑務所を舞台とする設定は当初はAMCに潰されてあのようなシーズン2となりましたが農場編とも言えるシーズン2はAMCが安易に期待していたほどの評判を得られませんでした。そしてマザラが頑張ったのはその刑務所編をシーズン2のラストシーンで匂わせる演出を決行したことです。あれでダラボンの初期構想のシーズン2がシーズン3として復活しました。
ダラボン組の役者たちの評価が高いのもAMCにとっては苦々しいことかもしれません。ダラボンがオーディションで見出したノーマン・リーダス演じるダリルは今や全米で最も人気のあるキャラクターです。他の「ミスト」にも出演していた役者たちも劇中で命を落とす者がいて減ってはいますが強烈な印象を残したキャラばかりです。対してAMCが支配したかったシーズン2では特にこれといった人気キャラは生まれていないことが皮肉なものです。そういった状況からも「ウォーキング・デッド」はキャラクターたちをしっかり作ったダラボンの作品だと考えています。この作品が人気が出れば出るほどダラボンを切ったAMCが儲かってしまうというジレンマはありますが、ダラボンの評価も上がっていると思います。ダラボン後に就任した製作スタッフには気の毒な面もありますが今もって「ウォーキング・デッド」はダラボンの作品だと思います。
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