昨年末、仕事や住む場所を失った元派遣労働者らを支援する「年越し派遣村」を開催した派遣村実行委員会(湯浅誠村長)が解散することになり、28日、東京都内で閉村式を行った。失業者らを支援する団体のネットワークが全国に広がり、一定の役割を果たしたと判断した。
閉村式に先立つシンポジウムでは、全国各地の支援団体や元派遣労働者が、活動内容や失業者の生活実態について報告。年越し派遣村を訪れた元派遣労働者の30代男性は「多くの人が助けてくれ、温かさを感じた。今は就職活動をしている」と支援の重要性を訴えた。
また、両親を亡くしアルバイトも解雇されて路上生活中に、地元の団体にたどり着いた岐阜県在住の20代男性は「同じ境遇の人や、お父さん、お母さんのような年代の人から、人生のことや生活のマナーを教えてもらっている。この出会いを転機にし、1日も早く自立したい」と話した。
ソース元:
時事ドットコム
確かNHKだったか昨日見たニュースだと派遣村の村民約500名の内、370名が生活保護受給者になったとのこと。
当初の生保受給者が210名ほどだったことを考えるとジワジワときたなこりゃ・・・。
更に酷い状況なのは現時点で派遣村の村民の約2割しか仕事に就いていないこと。派遣村が設立されてから半年が経った今、まだ2割しか就職していないのならば派遣村が無かった状況よりも就職率が下がった可能性が有り得る。
それが派遣村の言う「役割」だったのだろうか?
派遣村の運営者は手前勝手に「役割果たした」とのたまっているが、特段、派遣村はなにも「役割」などといった高尚な役目は務めていない。
今後、血税を納めては生活保護の資金に費やされる納税者たちに「役割」が待っているというのが本当のところ。
まぁ、こういう人たちにツッコミを入れてもなんにもならないとは思いつつも、派遣村の村民を不本意ながらも養うハメになっている納税者たちには批判する権利もある。
元派遣労働者の30代男性は「多くの人が助けてくれ、温かさを感じた。今は就職活動をしている」と支援の重要性を訴えた。
要約すると「人に親切にされたが、まだ就職はしていない」ということ。
岐阜県在住の20代男性は「同じ境遇の人や、お父さん、お母さんのような年代の人から、人生のことや生活のマナーを教えてもらっている。この出会いを転機にし、1日も早く自立したい」
つまり、この20代男性もまだ就職していない。「1日も早く自立したい」と願っているのならば、生活のマナーくらいはそろそろ習得しないと。そんなこと20代になってから習うことじゃないんだから。
30代と20代、本当に就職活動に半年もかかるものなのだろうか?
仕事を選んでいるだろ!
ミジンコ、20代のときに恐らくはこういった就職できない男性たちがイヤがるような仕事をいくつもしていた。
具体的に言うのもイヤなほど「職業差別」される仕事ばかりだった。
おかげで重機は動かせるは、二種免なんていうものまで持っているは、溶接までできたりするんだが、なにが一番辛かったかって力仕事!力仕事8時間を毎日なんてのは人間の限界に挑戦ってなもの。8時間重いものを運んだから腰がいってしまうので目が覚めていても8時間はじっとしていた方が良い。残りの8時間でなんとか風呂に入ったり飯を無理にでも食べて寝る。そんな繰り返し。一生これが続くわけじゃないと願って生きるしかない、そんな生活のときは。
人生をなんとか切り開くためにはやるしかないときがあるってこと。
・・・・・ところで今、肉体的には一番辛い目に遭っている気がするのだが、い、いや考えないどこ・・・・・。
派遣村はとてつもないモンスターたちを生み出した可能性がある。
なにが人の温かさだ!働けバカヤロウ!
おまえらが働かない間に、その温かい人たちを過労死させるかもしれないだろうに!
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