山口県光市で1999年に起きた母子殺害事件を題材にしたドラマ「なぜ君は絶望と闘えたのか」を今秋、WOWOWが放送する。監督は、松本清張原作「点と線」など数々の秀作ドラマを手がけた石橋冠。「事件は結審しておらず、時の試練も経ていない。(実際に)起きたことを断定できない怖さがある」とドラマ化の難しさを語りつつ、覚悟を決めて描いたという。
「プレッシャーを感じている」。石橋が、そう語る物語の原作は、フリージャーナリスト門田隆将さんの同名ノンフィクションだ。残忍な事件発生から裁判にいたるまでの、遺族の本村洋さんの苦悩、苦難の道のりをつづっている。「ドラマをつくる人間なら必ずほれる本」と監督は言うが、死刑判決を受けた元少年が最高裁に上告中で、しかも、メディアスクラムなどのマスコミ批判も含んでいたため、ドラマ化を断念したテレビ局もあったという。報道部門を持たず、民放のようなスポンサーへの配慮が不要な点も、ドラマ化を後押ししたといえる。
「
一人として傷つけることのない作品を作ろう」と、さらなる難題を自身に課した。元少年やその弁護団を含めた登場人物それぞれに、「いかに人間の本質的な魂を付加するかを考えた」と語る。個としては職に懸命だが、全体から見ると組織や制度にゆがめられているという現実の姿にも目を向けたという。
昨今のドラマへの注文も込めて、述べる。「
勇気が失われている。ドラマの面白さは逸脱することなのに、無難なものが量産されている。僕は年だから『永久追放されてもいいか』と覚悟を決めた」
主人公のジャーナリスト役に江口洋介。本村さんがモデルの遺族役は真島秀和。ほかにミムラ、木村多江、小沢征悦らが出演する。
ソース元:
asahi.com
この石橋冠なる男は長いことモラルの低い業界にいたものだから人間としての普通の感情を失ってしまったのだろうか?
呆れてモノも言えない。言うけど。
このドラマの製作陣がなにを主張したところで、被害者並びに被害者のご遺族の方々がそのドラマを観たときに傷ついてしまう内容の映像化を正当化することは決してできないはずだ。もしかして製作者たちは、こんなことにまで言論の自由というやつを盾にするつもりなのだろうか?
> 一人として傷つけることのない作品を作ろう
その一人として傷つけないという姿勢、傲慢さがご遺族を更に傷つける。加害者の今までの凶行、その後のご遺族の神経を逆撫でする言動、あの弁護団の異常な弁護活動、その全てを肯定して映像化することがどれほどご遺族を苦しめるか想像できないのだろうか?そんなドラマを製作して何度も何度もご遺族の心を殺しているようなものだ。
このドラマを製作することで一人も傷つけないなんてことができるわけがない。そんなことは人間ならば理解できるはずだ。
> 勇気が失われている。ドラマの面白さは逸脱することなのに、無難なものが量産されている。僕は年だから『永久追放されてもいいか』と覚悟を決めた
なにが勇気だかこの男はわかっちゃいない。
年老いたからもう引退してもいいやってヤツが永久追放されてもいいって開き直っている時点で、絶対に
一人として傷つけることのない作品の完成は不可能だ。
結局のところはセンセーショナルなことをやって注目されたいだけってことじゃないか。
WoWoWにて「The Pacific」という米国のドラマが放送されるとかで再契約しようと考えていたのだが、もう絶対にWoWoWとは契約しないことにした。この「The Pacific」は、「バンド・オブ・ブラザーズ」というミジンコが大絶賛の戦争ドラマ(最終話まで観ると強烈な反戦映画だと解る)と同じ製作陣なので注目していた。「The Pacific」の放送期間にずっと米国に滞在していたわけでもなかったので全話を観ることは叶わず。そこで日本で観ようと思っていたのだが、こういう姿勢のWoWoWとは契約せずにどうせ後から発売されるであろうブルーレイディスクでも買うことにする。
余談だが、江口洋介なる俳優は出演作のオファーをどういった姿勢で受けているのか気にはなる。というのは、映画「闇の子供たち」でも彼は主演しているからだ。ミジンコのあの映画に対する意見は移転前のブログで述べている→
映画「闇の子供たち」に潜む悪意(旧・時代をちょっとだけ斬る!)
なんというか江口洋介が出演している作品を警戒したくなってきた。勿論、俳優なのだからどのような作品にもチャレンジする姿勢は間違ってはいないのだが、もしわざわざこういう誰かが苦しむような作品の出演を快諾しているような俳優なのだとしたら到底支持はできない。
[20回]
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