
| ミジンコラム | 画像をちょっとだけ斬る! | ニュースをちょっとだけ斬る! | ハケンジャーたちよ、聞け! |
モンパチ、MステでNOオスプレイ(Yahoo!ニュース 沖縄タイムス)
沖縄県出身の人気ロックバンド、モンゴル800が25日、生放送の音楽番組に出演し、ボーカルの上江洌清作さんは「No! Nukes(原子力反対) No! Osprey(オスプレイ反対)」と書かれた青いシャツを着て熱唱した。
モンパチが出演したのはテレビ朝日の「ミュージックステーション」で、代表曲「小さな恋のうた」を披露した。上江洌さんは歌詞を一部変え「思いは届く 小さな島の 沖縄・東北のもとへ」と歌い、シャツの胸の文字に手を当ててアピールするしぐさを見せた。
ヴォーカルがTシャツの文字をアピールしている点からしてたまたまスタイリストが用意したTシャツを知らないで着たわけではない模様。本気で原発とオスプレイを反対しているのだろう。Nukesを原発と訳すのには若干の無理を感じる。まったくそういう意味ではないとは言わないが、通常はNukesは核兵器なのだ。原発と言いたい場合はnuclear power plantsといったようにplants(施設)を後ろにつけないと違和感がある。そういう意味ではそのヴォーカルの着ていたTシャツのプリントは意味不明な漢字が書かれたTシャツに近いものがある。
そのTシャツ自体の痛さは置いておこう。それよりもなにより核兵器とオスプレイを同列に語って反対しているその行為が勉強不足であり、現状認識の甘さを露呈している。福島原発事故以来、雨後のたけのこのように原発を反対する芸能人たちが登場したがその誰もが感情論でひたすら反対ムードを広めようとしているのみで、原発推進派をむしろ喜ばせているほど脱原発のイメージダウンに寄与している。はっきり言って迷惑な話だ。今や日本で脱原発を語ると胡散臭いといったイメージが定着してしまった。頼むから邪魔だけはしないで欲しかったが声のデカい馬鹿、もっと具体的に言えば後出しジャンケン的に登場した原発反対派の芸能人たちはもっと整合性のある反対をするべきであるのに、ただ闇雲に「反対!」なだけなのだ。ましてや今回のように原発というエネルギー問題とオスプレイという国防を同位のように反対すること自体が尚更のこと脱原発という活動自体の信用度を落としている。エネルギー政策と輸送機では余りにもかけ離れた事案だ。
原発は日本の将来のエネルギー問題、それに関わる経済政策にとって重大なことであって、そもそも誰も原発を永遠に継続しようなどとは考えていない。始めてしまった恐るべきリスク、しかしそのリスクを解決するには時間がかかるという問題なのであって「反対!反対!」と叫んでいるだけでは解決しない。代替エネルギーについて適当なことを語る人間に限って脱原発について大声なことにも苦笑している。原発分の代替エネルギー開発はそんなに簡単なことではない。こういった脱原発をライブ中に叫ぶバンドマンは計画停電だけでどれだけの中小企業が倒産に追い込まれたのかちゃんと調べてから電気を使って演奏するべきだ。
オスプレイに反対に至ってはその意味すら理解できない。日本の国防力強化に反対であるというのならばそう言えばいいものの、遠まわしに「オスプレイ反対!」と言っておけば「日本が中国に侵攻されたときに米軍、そして未来の日本国防軍のオスプレイが中国の侵攻を食い止めるのがイヤだ!」と言わないで済むということに過ぎない。他にオスプレイを反対する理由がどこにあるというのか?いつかくるであろう次の大震災での救助活動に大貢献するであろう輸送機が日本にあると困る日本人っていったいなんなんだ?「攻めるぞ!攻めるぞ!」と延々と日本を脅迫している国が現実にあるというのになんで侵略しようとしている国への抑止力を放棄しなければならないのか?核はもちろん無い、侵攻軍への迎撃に効果的だったクラスター爆弾も禁止され、迎撃ミサイルPAC3にも抗議され、今度は輸送機も止めろとは、どう考えても日本が侵略されることを願っているとしか思えない。オスプレイ反対ならば先ずはオスプレイが無い場合の日本のリスクについてちゃんと代替案を出せってことだ。まさか9条があれば大丈夫とかいうお花畑理論か!?
さて、その痛いTシャツバングのモンゴル800の番組でのパフォーマンスが以下のとおり。
麻生財務相:社会保障会議での発言を撤回、「適当でない面もあった」(ブルームバーグ)
1月21日(ブルームバーグ):麻生太郎財務相は21日、同日開かれた社会保障制度改革国民会議での自身の発言について、「私個人の人生観を述べたもの」としながらも、「公の場で発言したことは、適当でない面もあったと考える」と述べ、当該部分を撤回するとともに、議事録から削除するよう申し入れたいとのコメントを発表した。
共同通信は、麻生財務相が同会議で高齢者などの終末期医療に関し「政府の金で(高額医療を)やってもらっていると思うと寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらわないと」などと述べたと伝えた。財務相は同記事について会見し、「主語が抜けている。議事録でも『私は少なくとも』と主語を入れている」と述べていた。
別に失言でもなんでもない。終末期医療についてはもっと議論されるべきであり、終末期医療による財政圧迫は現実に起きていることだ。尊厳死については個人の意見を尊重するべきだと強く思う。
そもそもミジンコは自分の今までの人生を考えるに自分が介護を受ける身にはなりたくないと考えている。介護は受ける方もする方も例えようもないくらいに辛い。解決しようもない苦しさに何年、何十年と介護される側とする側が苛まれる。介護される側の人生もそうだがする側の人生も変わる。そして現代の医療では難病の完治も若返りも不可能なのだから介護の「終(つい)」は介護される側が旅立つことによってしかやってこない。本人が望むのならば延命拒否は国が認めるべきことだ。
さて、本題。共同通信は麻生財務相の個人的な見解と申し添えたはずの発言の一部だけを切り抜いて報道して、「財務大臣の失言」を捏造した。もはやこれは報道でもなんでもない。共同通信が世論誘導をしたいがために情報を選別して都合の良い部分だけを配信しているに過ぎない。そんなものはジャーナリズムではない。報道機関が中立性が保っていないどころか、世の中に極端な思想を刷り込もうとしている。そしてそれを指摘し配信しているのが国内の他のマスコミではなくブルームバーグなのだ。
この麻生発言も幸いにして支持者が多い。もはや日本のマスコミや野党となった民主党がこの発言を批判したところで国民の多くは覚めた目で見ている。そりゃそうだ。麻生財務相は財政圧迫の問題を絡めて自分はこうありたいと述べたに過ぎないことをいちいち鬼の首を獲ったかのように「失言だ!失言だ!」と騒いだところで馬鹿丸出しだ。麻生財務相と同じ意見の人々は山ほどいるということだ。
それにしても相変わらず民主党幹事長・細野豪志の馬鹿さ加減が際立っている。今回の麻生発言に対して「とにかく生きようと頑張っている人の意思は尊重すべきだ」と批判している。仮に共同通信の主語無し報道だけ見ても麻生財務相がそういう趣旨で述べた発言ではないことは容易に理解できる。文章読解力のレベルで言えば小学生高学年で余裕で理解できるはずだ。別に麻生財務相は生きようとしている人々を殺せと言っているわけではないことは明らかだ。延命については個人個人の選択があっても良いのではないか?と言っているに過ぎない。その発言についてのこの細野豪志の文章読解力の低さ。こういった的外れな批判は余りにも愚かだ。
民主党消滅を願う身としては今の民主党の幹事長のこういった愚かしい対応は嬉しい限りだ。是非とも参院選で更に議席を減らして欲しいからだ。アタマの良い幹事長ならば与党が日本の将来のためには議論すべきことを掲題したときには脊髄反射的に批判するのではなくて反対ならば問題点を指摘することが筋であるし、建設的に日本のためには賛成という選択もあって然るべきだ。
朝鮮学校補助金 神奈川県知事「国の制度と県は別」(msn 産経ニュース)
民主党政権下で判断が先送りされてきた朝鮮学校への高校無償化適用問題で、安倍晋三政権が適用を見送る方針を決めたことに関連して、神奈川県の黒岩祐治知事は7日の定例会見で「国の制度と県独自の補助金とは基本的に別もの」と述べ、朝鮮学校に対する県の補助金支出の可否を今後も県独自に判断する考えを示した。
国の適用見送りについて「民主党政権も無償化しなかった。結果的に変わっていない」と前置きした上で、「県として、今まで拉致問題に関する教育が行われているかに目を向けてきた。今後は教科書に拉致問題の明確な記述がされるかを含め、状況をみていきたい」と述べた。
県は支出の条件としていた拉致に関する授業実施を昨年11月に視察した上で、今年度分約6300万円の支出を決定。平成25年度の教科書改訂時に拉致問題を記述するよう求めている。
国の制度と県は別だと言い切れるこの知事は危険だ。神奈川の有権者は国政選挙で意思を示したというのにそれを県知事が真っ向から否定するのでは民主主義の重大な危機だ。
キャスター時代からこの黒岩知事の不遜で慇懃無礼な言動は問題視していた。だいぶ前だがブログでも1度だけこのキャスターの分を弁えない言動を問題視したことがある。その後、案の定というべきかこの元キャスターは政治家に転身したわけなのだが、選んだ神奈川県民にも非があるとはいえ、その暴走した言動には県民も想定を超えているのではないだろうか?まるで民主党が政権を取った後に酷似しており、選挙というものの難しさをつくづく感じさせられる。選挙期間中に全てを見抜ければ良いのだろうがそれには余りにも期間は短く判断材料に乏しいという選挙のなんと多いことか。
神奈川県民の多くも朝鮮学校の無償化には反対なはずだ。ところがなんと酷いことに県民の税金から県知事の独断で無償化を実現しようというのだ。これでは県民の民意に背いている。
この県知事の身辺調査を徹底して行うべきだ。どういった経緯でこの知事が朝鮮学校の無償化を進めたいのかその真相を調査するべきであり、それは県民の権利でもある。首長が勝手に暴走したところで神奈川県民は日本国民でもあるのだ。国の決めたことに賛成した国民が県知事の裁量で望んでもいない税負担をするなんて事態はおかしい。間違っている。県民が望んでもいない朝鮮学校への税負担を県知事が断行するなんぞ、これでは神奈川県が国から独立した小国のようだ。これが本当に地方分権の理想のかたちとは到底思えない。