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イスラミックセンタージャパンは、2人の日本人の人質を殺害するというイスラム国の脅迫に対して、抗議します。
(2015年1月22日 東京にて)
イスラミックセンタージャパンは、2人の日本人の人質、後藤健二さんと湯川遥菜さんを殺害するというイスラム国の脅迫に対して、抗議します。イスラム国は数カ月に渡り、彼らを人質として拘束しています。
我々は、イスラム国が重大な過ちを犯しているとみなしています。そして、イスラム国が良識的な意見に耳を傾け、人質を即座に且つ無条件で解放するように要求します。
上記を主張するにあたり、以下の様な理由が挙げられます。
・日本は、パレスチナとイスラエルが紛争をしている際に、パレスチナに対して支援をする等、多くの場面において、相対的に公正な立場をとってきました。欧米社会から激しい圧力があったにもかかわらず、日本は長年このような公正な姿勢を貫いてきました。
・日本はパレスチナにとって、最大の援助国です。ガザ地区、及びヨルダン川西岸地区において、数多くの復興プロジェクトを実施してきました。それらは、日本政府及び日本の団体からのみの資金援助によりなされてきたのです。
・日本では、我々イスラム教徒は平和的に過ごしています。欧米諸国で見受けられる様な、イスラム教徒に対する差別やハラスメント、そして屈辱を受けるといったことも、日本ではありません。ヒジャーブ(頭につけるスカーフ)やニカーブ(目以外を覆い隠す格好)をしたイスラム教徒の女性に対して、危害を与えるといったような事例は一つもありません。
・日本にいるイスラム教徒は自由に宗教活動を実践しています。モスクを建てたり、イスラム教の啓蒙活動を行う際に、政府から干渉を受けることもありません。
・しかし、おそらく最も重要な理由は、日本はイスラム国を含め、いかなる国に対しても宣戦布告をしない世界で唯一の国であるということです。なぜならば、日本の領土が侵された際の自己防衛の場合を除いて、いかなる軍事活動も、憲法によってはっきりと禁止されているからです。
・よって、日本の首相は「テロと戦う為」に2億ドルを拠出することを表明しましたが、決してイスラム国に対する軍事的行為を支援するものではありません。その2億ドルの支援金は、長期の紛争によって住む所を失ったシリアとイラクの難民を支援するためのものだと、すでに計画されていました。日本社会そして日本のメディアも、今では、支援金を言い表すのに、首相は「テロとの戦い」という言葉を使うべきではなかったと認識しています。なぜなら、その支援金はテロとの戦いの為ではなかったし、そのような目的の為には支援金を使えないからです。
一方で、我々イスラミックセンタージャパンは、イスラム国に対して警告します。日本人2人の人質を殺すことで、日本人のイスラムに対するイメージ、そして日本に住んでいるイスラム教徒に、とても大きな影響を与えることでしょう。このような影響に対して、我々は全能のアッラーの前で、イスラム国が責任を負うべきだと主張します。なぜなら、日本人の人質を殺すことについて、いかなる弁解の余地もなく、正当性もないからです。
人質の殺害は、コーランの教えにも反します。アッラーが、コーランのAl-Mumtahana(試問される女)章8節で述べられています。
「アッラーは、宗教上のことであなたがたに戦いを仕掛けたり、またあなたがたを家から追放しなかった者たちに親切を尽くし、公正に待遇することを禁じられない。本当にアッラーは公正な者を御好みになられる。」
従って、我々イスラミックセンタージャパンは、ただちに、そして無条件で人質を解放するように、重ねてイスラム国に要求します。
イスラミックセンタージャパン
安倍総理が2億ドルの支援表明をしたことが今回の邦人殺害予告の引き金になったとする論調をニュースやネットの書き込みで幾度も見聞きしたがそれが事実無根のおかしな言い分であることはこのイスラミックセンタージャパンの抗議声明を読めば明らかだ。なんでもかんでも安倍政権が悪いとしたい愚か者たちが炙り出されているかのようで見苦しいったらありゃしない。事実はイスラミックセンタージャパンが述べているとおりだ。
元々がイスラム国の大虐殺のせいで住む場所を奪われた人々がシリアとイラクに大量にいるのだ。シリアだけでもその数400万人とも言われ、過酷な環境で休む場所も食料も無い難民たちが命を落としている。当ブログの管理人も昨年ヨルダンの難民キャンプを訪問したがその当時でも訪れたキャンプの人口は10万人超え、続々と押し寄せる難民たちを受け入れるキャパは既に無く、現地当局も苦渋の決断で難民たちの流入を防ぎ、そして追い返しているという惨状だった。キャンプに入れなかった難民がシリアやイラクに戻ったところで待っているのは死だ。そういう難民たちを支援する為に日本からも2億ドル拠出しようという計画は前々からあったことなのにも関わらず、イスラム国はさもいきなり日本政府がイスラム国に牙を剥いたかのように吹聴し、それに乗っかって安倍政権叩きを始めたクソバカマスコミ関係者やナントカ活動家たちもいる。中東の歴史に日本が数百万人の命を救ったと刻まれることの何が不満なのか?その誇るべき支援が元々友好関係にあった中東諸国と日本との絆を強める。それのどこが悪いのか?こんなに使い道として未来を見据えた友好的かつ有効的な2億ドル支援なんてそうはない。人道支援にギブ・アンド・テイクを語ること不適切であろうから控えるが、社会経験豊富な当ブログをご覧の皆さんはこの2億ドルがどのように未来に生かされるのかは想像に難くないことだろう。イスラム過激派に家族を奪われ家を奪われ故郷さえ奪われた人々が日本の支援により救われるのだ。日本の未来にとってそれがどういう影響を及ぼすのか、安倍政権叩きに躍起になっているオオバカヤロウたちは少しは日本の未来を考えてから口を開いて欲しいものだ。
ひとつだけイスラミックセンタージャパンが抗議声明で述べている点について反論したい。
「イスラム国に対して警告します。日本人2人の人質を殺すことで、日本人のイスラムに対するイメージ、そして日本に住んでいるイスラム教徒に、とても大きな影響を与えることでしょう。」
これは杞憂に終わることだろう。有難くも殺害阻止の為に同センターが敢えてこう述べているのならば申し訳ないが、日本国内においてイスラム教徒への何らかの圧力や攻撃がなされることは無いことだろう。日本人は世界に類を見ないほどの識字率を誇り、ネットに記載されている文章を読み取れない人々はそうはいない。確かに迂闊にマスコミなどのミスリードに引っかかってしまう人々もいるが、そういう人々が大勢を占めることは先ず有り得ない。イスラム国がどんな主張をしようともそれが理不尽で幼稚な言いがかりであることを日本人は分かっている。イスラム国が何をしようとも、それがイスラム教とは関係のない犯罪組織の醜い言い訳であることも日本人は分かっているのだから、国内のイスラム教徒の方々は日本人による迫害を心配する必要がない。この国ではそういうことは起きない。
フランシスコ・ローマ法王が述べた「他人の信仰を侮辱することはできない」には安堵した。見識深く何事にも寛容であることでも有名ではあるが、とかくそのユーモアのセンスで取り沙汰されることの多い現在のローマ法王、即ちキリスト教の最高指導者が、一連のシャルリー・エブド誌の風刺画に関する議論について率直なご意見を述べられた。イスラム教ではなくキリスト教の最高位にある方が、風刺画とは称しているものの実質的にはイスラム教への侮辱イラストについてそのような見解を世界に示したことの意味は大きい。シャルリー誌や「私はシャルリー」という活動に参加している人々、またその活動を支持している欧州各国政府の開き直りよりも、ローマ法王の宗教の垣根を越えた発言の方がよほど人としてすんなり受け入れられるというものだ。本来はありもしない自由を掲げて他者を侮辱する権利がなによりも優先するといった狂気に満ちた主張と化している「私はシャルリー」という抗議運動は明らかに間違っている。
フランシスコ・ローマ法王は「他人の信仰を侮辱することはできない」と述べて、「表現の自由」にも制約があるとの認識を示したのだ。この発言に対してあろうことか英国の首相がわざわざ正気とは思えない反論をしている。米CBSの取材に対して「In a free society, there is a right to cause offence about someone's religion (自由な社会においては、他者の信仰に対して神経を逆撫でする権利がある。) 」
この発言の前に述べたことも記さないとフェアではないので下記に原文と日本語訳を記す。(※ 多少の意訳はしましたが発言者の発言の趣旨と合致していることは断言できます。)
"I'm a Christian. If someone says something offensive about Jesus, I might find that offensive. But in a free society, I don't have a right to sort of wreak my vengeance on them,"
"In a free society, there is a right to cause offence about someone's religion,"
私はキリスト教徒だ。仮に誰かがイエス・キリストについて私の神経を逆撫でするようなことを言ったのならば、 私はそれを快くは思わないだろう。しかしながら、自由な社会では私にはその不愉快なことを言ってきた相手に報復する権利はない。自由な社会においては、他者の信仰に対して神経を逆撫でする権利がある。
正直言って耳を疑ったが、本当に英キャメロン首相は取材に対してこのように述べている。詳しくは→ Cameron defends free speech 'right to cause offence'(ロイター 英文)
「offense about someone's religion」を当ブログでは「神経を逆撫でする」と訳した。もう少し直訳的(ただし翻訳としては不慣れな感じ)に訳すとすると「他人の信仰心を害する」という権利があるとこの英首相は明言したのだ。よくもこんな認識の人物が首相にまで登りつめたものだ。そこにも驚いている。
ローマ法王は基本的人権についてこれでもかというほど正論を述べられている。「他者を傷つけることなく行使」←まさにコレだ。これにはシャルリー・エブド誌を擁護する人々もぐうの音も出ないことだろう。これに反論したキャメロン首相の意見が余りにも酷すぎて呆れる。
言うまでもないことなのだが「自由な社会」とはそういうことだろうか?自由に他者を蔑み、自由に他者の最も大切なことを侮辱し、自由に差別や偏見を拡大する、そういうことが自由な社会で言うところの「自由」だろうか?この首相の発想は自由を都合の良いように解釈しているに過ぎない。例え自由な社会の中でも、認められる自由もあれば許されない自由もある。当たり前の話ではあるが、自由な社会でも犯罪を犯す自由は無いし、人を殺す自由も無い。勿論のこと他者を侮辱する自由も無いのだから、シャルリー・エブド誌の風刺画の数々は自由を自社の都合の良いように解釈しただけのイスラム教への冒涜だった。
あのパリでの370万人デモ。この酷い発言のキャメロン首相やドイツのメルケル首相や西側寄りだとパレスチナでは余り評判の良くないアッバス議長なども参加していた。首脳たちが腕を組んで行進する様子には不快感しか湧かなかった。テロへの抗議と称しているものの、あれではまるでイスラム教との戦争開始を示唆しているかのような威圧行動だ。フランスのテロではイスラム教徒も被害者であるというのに、あんな行進はまるで十字軍の再来だ。テロと戦うというのであればデモも行進もいらない。テロとの戦いに示威行動なんて逆効果だ。あれではイスラム社会が欧米諸国が歩み寄りを拒絶したのだと捉えてしまう。そもそも370万人ものデモ参加者が集った理由はテロへの怒りというよりも移民問題へのストレスだ。10人に1人は移民であるフランスでは社会問題の数々の元凶はとかく移民だと考えられている。事実である面と単なる差別に根付いた意見もある。移民大嫌い運動と称しては世界から差別だと非難されるので今までできなかったところに、今回のテロによりパリを中心とした移民大嫌いな市民たちの鬱憤晴らしにデモが利用されていた。
既にシャルリー誌の風刺画については批判の声が数多く上がっている。ローマ法王の平和を望む人ならば当然の見解について、それを否定するなんてことを英国の首相が選択するとは欧州とイスラム圏との世界大戦でも望んでいるんだろうか?キャメロン首相の言い分は結局のところ、自分たちは他者(他の宗教)を侮辱しても許されるしその権利もあるのだから侮辱された側は全て受け入れろということになる。つまりキャメロン首相やキャメロン首相の信じるもの全てが冒涜されて侮辱され続けても文句は言うなということも言える。そもそも侮辱されたときに報復する権利は無いとするキャメロン首相は同時に侮辱する権利はあるとしている。侮辱する権利が自由な社会の権利のひとつとするその認識がテロリズムと同様にして戦争の火種と化している。そんな危険な発想の人物が英首相とは世界は本当に今は不安定な情勢なのだとうんざりする。